その日は、雨が降っていた。
帰り際にも振り続ける雨に戸惑っていると、
来客用に、法人向け通販でまとめ買いをしているのだという。
傘立ての戸の奥は暗くて湿っていて、
捨てること、失くされることを前提に簡素に作られたそれらは、
「これさ、返さなくていいよ。」
「嫌だ。返す」
「え?でも、返すひと誰もいないし。いいよ。」
「でも多分汚れないよ。また次の人に貸しなよ」
「いや、あげるよ。失くしてもいいし」
「返されると邪魔?」
「邪魔じゃないけど、大丈夫だよ。」
「…あのさ、私がこれを借りて行って、阿佐ヶ谷でおりるでしょ。
そしたらマジックで日付と場所を書いて。
それを繰り返せばいいよね。落としたら、
「ふむ」
「そういうのさ、もしみんなが続けたら、いつか傘に魂が宿って、
貸し借りに便乗したり、失くなったふりをしたり、
西川口のパチンコ行ったり、網走で雪背負ったり、
イメージだけど。もうしてるのかな?」
「う〜ん、我々が傘を捨てるのか、傘が我々を捨てるのか…」
「失くした時って、実は捨てられたのかも。よくあるよね」
「そうかな…」
「ん……」
「……」
「……」
「………どうしたの?」
「なんかさ、」
「なに?」
「大事にしたいね、いろんなことをさ。よくわかんないけど」
「うん。」
「できたらいいよ、多分」
そのうちに傘はどこかで失くして、
それどころか、似たようなことを結局何度も繰り返している。
人は誰もが流動的に、誰かの前を去りうるという気がする。
他に雨を避けてあげたい人を見つけて、
(2013.2.11 配信)